いつくしみのしるし

万代恒雄

 早くも12月になりました。誰でも年末になると、バタバタした気持ちになりがちです。また、自分のこの一年はどうだったかと振り返って、謙虚な気持ちにもなるものです。あなたはいかかでしょうか。この一年は、もうどうにもならないから、来年こそ…と言うようなことではいけないので、この最後の一か月を大事に生きるということが大変な意味をもっているのです。今年の一年間の歩みを感謝のうちに反省できる人は、残された一か月もさらに重みをもつものとなるでしょう。

そして、神を信じる信仰の生活の中に、あなたが自分を発見するならば、きっと信仰のもつ意味を深く味わいながらく、この一か月を送ることができるでしょう。

さて、聖書の御言葉を読んでおきましょう。詩篇86篇17節です。

「私に、いつくしみのしるしを行ってください。そうすれば、私を憎む者らは見て、恥を受けるでしょう。まことに主よ。あなたは私を助け、私を慰めてくださいます。」

「いつくしみのしるしを行ってください」と、こんなことを神様に申し上げることができるということを、素晴らしいと思いませんか。神を信じる信仰者は、絶えず神に語り続けています。ですから、人生が退屈な単調な響きの無いような生活に陥った時に、「神様、いつくしみのしるしを行ってください。」と、こう言うことができるのです。そして神様が与えて下さる、さまざまなしるしは私達の人生に活力を与え、命を与えるものなのです。本当に神様を見上げる人生の尊さというものをあなたが知るならば、あなたもイエス・キリストを信じる者になりたいと、言ってくださると私は信じています。

12月を迎えて、過ぎる一年を考えてみて、「良い事などなかった。辛いことばかりだった。早く今年が終わればいい。」と、あなたは思っているかも知れません。しかし、この12月に神を信じることによって、神がいつくしみのしるしを、あなたの人生に見せてくれるとしたらどうでしょう。来年こそ、イエス・キリストを信じて充実した一年を送ってみようと、きっとそんな気持ちになるに違いありません。

もし、あなたが病気を持っているとしても、子どものことで悩んでいるとしても、自分の人生に行き詰まりを感じているとしても、そんなことはいっさい構わないのです。人生に悩みがないということの方がおかしいのです。「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすてに世に勝ったのです。」(ヨハネ16:33)と、救い主イエス・キリストはおっしゃいました。

あなたが本当に自分のたましいを、全能の神様の御手に委ねるか、委ねないかということにすべてはかかっていると思うのです。もしかしたら、あなたは、神様はいるとかいないとか、そんな議論を好むタイプの人かも知れません。でも、私は議論を好みません。なぜならば、ひとつの事実は議論にまさるからです。この忙しい時に、神様がいるかいないかと、そんな議論に時間を費やすことほどばかげたことはありません。でも、神様は本当におられるのですから、私は語らなければならないし、神様を信じることはすばらしいのです。神様は議論で私達を納得させようとされるのではなく、直接体験的に私達の中に神の恵みを与えようとしておられると私は信じます。

大切なのは、心を開いて神を信じ、罪を悔い改めて、新しく生まれ変わることです。

(放送メッセージより)