幸せな人生
万代恒雄

今日も、まず聖書を開いておきましょう。詩篇128篇1節です。
「幸いなことよ。すべて主を恐れ、主の道を歩む者は。」

主の道を歩む者、つまり救い主である神を信じて生活をしている者達は幸いだと言うことです。神を恐れるということを、私達日本人が持っている感覚で、聖書のことばを解釈して欲しくないと思っています。
神様を恐れるという理由に、呪いがあるからとか、ばちがあたるとか、というような感覚が、私達日本人の中には潜在的にあるようです。しかし、聖書に示されている神様に対する思いは、そんなものではありません。敬虔な気持ちを持って神を拝むということです。神に守られているという意識を決して忘れないでいるということです。そのことが、つまり主を恐れるという意味なのです。
なぜ主を恐れ、神を第一にして生きると言うことが素晴らしいのでしょうか。
例えば、あなたがしている腕時計、時間には標準時間というものがあり、みんなそれに合わせているのです。また、会社に働きに行けば、やはり最低賃金というひとつの標準があり、それによって全ては計られてきます。そのように、どの世界でも標準となるべきものがあるわけで、それがないと私達の生活は狂ってしまうわけです。法律というものも、私達が生活をするための、最小限の規律であると思います。みんなが自分勝手なことばかりしていては混乱が起こるからです。

それでは、私達人間存在そのものの中に、一つの標準を持つことはできないものでしょうか。
その標準となり基準となるすべてのことをお持ちになっているのは、神様だと私は思うのです。
あなたの心の中に、いろいろな思いが去来すると思いますが、神様のおことばである聖書の中に啓示されている神の命令によって、私達の生活を整えていきますと、神様が見て良しと思われるような人間生活がそこに作られてくるのです。すると私達の生活の中のすべての事が整えられてきます。お金で困っている人はお金が回るようになるでしょう。人間関係がまずくなっている人は、それも必ず是正されてくるようになるでしょう。

なぜだろうとあなたはお考えですか。
あなたの回りの自然に目を向けてください。あなたが手に少しの二十日大根の種を持っているとします。それは少し赤茶けた小さな粒です。固いものです。でも、それをあなたが手にとって、よく土を耕して、その土の上に蒔いてやり、上から水をかけて、そこに太陽が照り、地面が温かくなってくると、4~5日経つと必ず固い土を破って双葉が顔を出してきます。
二十日大根といっても、二十日以上はかかりますが、やがて赤い可愛らしい大根ができます。それは自然の法則にかなう条件を満たしたために大根ができたのです。
神様は私達に、そういう法則を与えてくださっています。聖書はそれを教えてくださっています。聖書はそれを教えてくれます。その通りにしたら、神様が望んでおられるような幸せがあなたの手の中に自然に入るのです。
イエス・キリストを信じる信仰は、それを私達に教えてくれます。あなたも神を恐れ、神を信じて、幸いな自分を発見することでしょう。ほんとうに幸せな人生を歩む者となりましょう。
(放送メッセージより)